前回からの続きになります。
↓国立新美術館まで、3時間かけて歩いてきました。

メインはこの展示を見ることだったのですが、3時間歩いてきて少しバテ気味。膝が痛くなってきた…頑張って見学してきます。私が気になったものだけ撮影しました。作品はこの3倍は展示されており、撮影してOKなもの、撮影禁止なものがあります。暗い会場の中でマニュアルフォーカスしてきたので、ピントが甘いです。


村上 隆
「ランドセルプロジェクト」1991年。ワシントン条約で捕獲が規制された動物の革で作ったランドセルたち。ランドセルという日本特有のカバンに、テーマを落とし込んだ作品。コブラの皮革、タテゴトアザラシ(毛付)の皮革、イワシクジラの皮革、ダチョウの皮革、カバの皮革、ヨシキリザメの皮革を使ったランドセルの製作を特別に発注し、これらを美術作品として展示。ランドセルの発祥は、明治10年に開校した学習院にあると言われている。軍隊で活用されていたバックパックをモデルに、戦時下でも子供たちが素早く動けるカバンとして導入されたそう。今では小学生の象徴のイメージとされているランドセル。村上隆は、「その可愛い戦争アイテムにモラルや正義、現実などをかぶせてしまおうとした」と語っている。
スーパーフラット以前の作品。ストレートで伝わりやすい。ランドセルという着眼点がとても好き。


柳 幸典
「ザ ワールド フラッグ アント ファーム 1991ーアジア」1991年。着色された砂でできた国旗。閉じられた砂の国旗の中には、無数のアリがいて、国旗同士はパイプで結ばれており、アリたちはお構いなく縦横無尽に移動する。
1991年の作品なのに、今の時代でも響く要素が強い作品。国境は人間の概念だけなのか。でも国境が無くて人々をまとめることは可能なのか。とても考えさせられる。

大竹 伸朗
「網膜 (ワイヤー・ホライズン・タンジェ)」1990年-1993年。「移行」という制作方法を、物質的ではないやり方で試みたのが「網膜」シリーズです。捨てられたポラロイド写真が、漠然と思い描いていた夢のようなイメージを「あまりに忠実に再現している」ことを発見した大竹は、その上にどろどろの透明な樹脂をのせました。樹脂の質感と写真の色彩は独立したまま重なり、見る者の目の網膜や脳の中で場所を移し、混ざり合うことで、作品が完成します。

村上 隆
「ポリリズム」1991年。米軍歩兵模型が可動式パネルにびっしり取りつけられた作品。90年代初頭の村上隆の作品と言えば、むき出しのFRPに白塗りされたタミヤの兵隊がトレードマークだった。ディスプレイ工房の手伝いをしていた村上はその経験から、日本の芯のメタファーというコンセプチュアルな対象物としてFRPを選んだのである一方、FIRST IN QUALITY AROUND THE WORLDと、高々と謳いながら、アメリカを象徴するかのような赤/青地の白い星を掲げるタミヤのトレードマークに、アメリカの下でしか存在し得ない日本を見た村上は、その浄化を目論むかの如く、白く塗りつぶされた兵隊を素材として用いた。

森村 泰昌
「肖像(双子)」1989 年。 森村泰昌は、ゴッホの自画像に扮したセルフポートレート写真、「肖像(ファン・ゴッホ)」(1985)など、自らが美術史上の名画の一部となる作品群を手がけてきた。この作品は、マネの代表作「オランピア」を主題にした写真作品。マネは「オランピア」で、ヌードの女神を描くべきところに、裸の娼婦を据えることで、芸術の名のもとに女性の身体を欲望の対象として、客体化する男性の眼差しを暴いた。森村は、この性差間の問題を人種間の問題へと転換するために、自身の「男性の体」を露にしたままベッドに居座り、西洋の眼差しによってしばしば女性的とみなされてきた、東洋人男性の姿を表している。また、裸婦の側にいる黒人女性もまた森村である。当然の事実として、歴史を受け入れることに抵抗を覚え、歴史という権威を壊してしまいたいと考え、制作の動機を「破壊と再創造の行為の、延長線上に位置しているのかもしれません」という森村氏の言葉。

椿 昇
「エステティック・ポリューション」1990年。泡のようなフォルムに鮮やかな原色。1980年代末から90年代初頭、バブル経済の残光とともに現れた本作は、「自然」や「国籍」といった前提に異議を唱える、ラディカルで挑発的な彫刻作品。タイトルにある「美学的汚染」という言葉は、美術評論や制度に対する作家の批評的視線を象徴しています。1980年代後半から世界的な課題として広く認知されつつあった、自然環境崩壊の兆しを含んでいるとのこと。
この作品の持つパワーに圧倒される。

奈良 美智
「Agent Orange」1996年。大きな瞳の子どもの絵画には、ベトナム戦争でアメリカ軍が使用した化学兵器「エージェントオレンジ(枯葉剤)」に因むタイトル「Agent Oragne」がついている。頭部は兵士が被るヘルメットのようでもあり、モチーフの愛らしさとのコントラストもあって、見る者の不安をかきたてる。
表現の可愛さに目がいきがちだけど、テーマは重い。知れば知るほど、惹き込まれていく。



ヤノベ ケンジ
「アトムスーツ・プロジェクト」1997年。1997年にチェルノブイリを訪れた際に、ヤノベケンジが着用した「アトムスーツ No.2」が、鉛の箱に封印されている。かつて起きた原子力発電所の事故によって、立ち入り禁止となった地域に訪れて撮影した写真。世の中で起きた大きな災害や事件の、ゲームや映画の世界をも超えてしまうような、悲惨さに大きなショックを受け、この状況を自分の目でしっかり見て、現実として捉えるために、自分で作った黄色い防護服を着て、この地に足を運んだ。

イ・ブル
「受難への遺憾」ー私はピクニックしている子犬だと思う?ー 1990年。この怪物のようなコスチュームを着て、街中を歩いている女性 (作家のイ・ブル) のビデオ。今ほど多様性の重要さが一般化していなかった、1990年の日本でこれを着て街を歩く行為。当然周囲の反応は冷たく、「絡みつく彫刻に苦労しながら、歩き回ったり転んだりする作家の身体は、自由な動きを阻む、社会の規範や障壁と格闘する、存在の切実さを表現している」


マシュー・バーニー
「拘束のドローイング9:ミラー・ポジション」2005年。彼が1987年から続けてきた〈拘束のドローイング〉シリーズの第9作。「身体に制約を課し、その抵抗から創造を生み出す」というテーマをさらに拡張し、日本を舞台に長編映画と、そこから派生した彫刻やスチール写真を展開しました。撮影は捕鯨船「日新丸」で行われ、捕鯨、茶道、神道、阿波踊りといった文化的要素を背景に、バーニーとビョーク演じる二人の「西洋人の客」の物語が描かれます。船上では巨大な鋳型に流し込まれたワセリンが固まり、捕鯨用の機器で解体される。その光景は、鯨をめぐる儀式さながらです。やがて船内に溢れ出したワセリンの中で二人は互いの脚を切り合い、束縛から解放された鯨となって泳ぎ出していきます。神話、身体、文化が交差し、幻想的な変身譚として花開いた本作は、壮大かつ奇想的な体験を観客に投げかけます。
初めて買った写真集が、クレマスターでした。ここにきて作品が見られるとは思っておらず、驚きと感動でした。

フィオナ・タン
「人々の声 東京」2007年。写真インスタレーション、額装されたカラー写真305枚。記念スナップを募って集積した、「人々の声」
こうして見ると、ある種の日本人像が浮かび上がってくる。各国で同じように集めていったら、国によってどのような傾向になるか興味を持つ。

南青山で見たショーウインドーと共に、この日はアート作品で満腹になりました。純粋に作品を作るにもお金はかかると思う。商売という観点とは違うのだろうけど、アーティスト自身はどういう線引きをしながら活動しているのか、とても興味がある。この国はアーティストが経済活動に足を突っ込むと、すぐに魂を売ったと非難される。アーティストだって生活しなければならないのにね。作品に対する相続税や税金や消費税など、アートにまつわる税金がネックとなって、韓国のアート世界のように盛り上がらない。官僚の融通のきかなさが、この国の芽を潰している。

